グリーンハウスよみもの帖 新いいものみっけ6・7月号 異文化交流の軌跡 日本の窓「出島」

異文化交流の軌跡
日本の窓「出島」

2021年は長崎開港450周年。

鎖国時代に日本で唯一、西洋にも港を開いていた長崎は
さまざまな人や文化が交流する拠点でした。

長崎の魅力をひとことで言えば「和華蘭文化」。
幕府がオランダと中国に限り貿易を認めていたため、
日本の「和」と中国の「華」とオランダの「蘭」が交わり
長崎独特の文化が育まれていったのです。

日本の窓「出島」を起点に、異文化交流の軌跡をたどってみました。

長崎における鎖国と交易のあゆみ

1550年(天文19) 平戸にポルトガル船が入港
1571年(元亀2) 新たな貿易拠点として長崎港開港
1582年(天正10) 天正遣欧少年使節、長崎港からローマへ
1588年(天正16) 豊臣秀吉、長崎を直轄地とする
1604年(慶長9) 徳川家康、朱印船貿易を実施
1611年(慶長16) 明の商人に長崎での貿易を許可
1612年(慶長17) 徳川家康、禁教令を発布
1634年(寛永11) 唐僧によって眼鏡橋完成
1636年(寛永13) 出島完成
1637年(寛永14) 島原の乱
1639年(寛永16) ポルトガル人の来航禁止
1641年(寛永18) オランダ商館、平戸から出島に移転
1689年(元禄2) 唐人屋敷完成、中国人を移す
1690年(元禄3) 商館医ケンペル来日
1775年(安永4) 商館医ツュンベリー来日
1808年(文化5) イギリス軍艦が不法侵入した「フェートン号事件」
1823年(文政6) 商館医シーボルト来日
1828年(文政11) 禁制の日本地図持ち出し発覚「シーボルト事件」
1844年(弘化元) オランダ国王、日本に開国を勧告
1853年(嘉永6) 米国提督ペリーが浦賀に来航
1859年(安政6) 安政の開国、外国人居留地の造成開始
グラバー来日
1863年(文久3) グラバー住宅完成
1865年(元治2) 大浦天主堂献堂式
1865年(慶應元) 坂本龍馬を中心に亀山社中設立
1868年(明治元) 明治維新
ミニ出島
▲15分の1の模型「ミニ出島」。絵師の川原慶賀が1820年ごろに描いたとされる「長崎出島之図」を参考に制作されました。

西洋に向けて開かれた
日本の窓「出島」へ

教科書でおなじみの長崎「出島」の今をご存じですか?

鎖国時代、西洋に開かれた日本の窓としての役割を担った出島。
貿易に加えキリスト教布教も行ったポルトガル人が追放されると、平戸からオランダ商館が移され、幕末までの218年間に渡り日蘭交流の場でした。

開国後は役目を終え、明治期に埋め立てられて消失しましたが、昭和26年に出島の復元計画が動き出し、50年の歳月をかけて公有地化。
段階を経て、ようやく16棟の建物が建ち並ぶ19世紀初頭の町並みが蘇り、2017年には出島の入り口だった場所に橋が架けられました。

まずは、「出島表門橋」を渡ってタイムスリップ。城内では乙名(おとな)と呼ばれる当時の町役人姿のスタッフがお出迎え。
復元された建物と、さまざまな展示資料を見学しながら、出島でどんな貿易が行われ、人々がどのように暮らしていたかを学べます。
最大の見どころはオランダ商館長(カピタン)の居宅「カピタン部屋」。商館長の執務や、宴会風景の再現展示もさることながら、和洋入り混じったインテリアの美しさに目を奪われます。

出島の広さは周囲約563m、総面積は約1万5000㎡(東京ドームの約3分の1)。カピタンたちは、原則年に1度(※復元している19世紀初頭は4年に1度)の江戸参府以外は出島から外出することができず、さぞ窮屈な思いをしていたでしょう。
貿易船が入港していない期間は暇を持て余していたようで、江戸時代の絵図では、ビリヤードや音楽に興じている様子がうかがえます。

出島表門橋

出島表門橋

2017年完成の「出島表門橋」。明治期に表門の前の中島川の川幅が約30mに広げられたため、江戸時代の石橋(4.5m)の復元は叶いませんでしたが、春の橋の位置に長崎の造船技術を取り入れたスチールの橋が架けられました。

門番

門番

表門には門番がいて出入りを厳しく監視。出島の規則を記した制札が立てられ、女性は遊女以外出入り禁止でした。

シュガーロード

シュガーロード

一番の輸入品は、貴重な砂糖。シュガーロードと呼ばれる菓子文化が長崎から北へ広がりました。

カピタン部屋

カピタン部屋

三角階段が特徴的な「カピタン部屋」(オランダ商館長の居宅)

阿蘭陀冬至

阿蘭陀冬至

「カピタン部屋」2階には「阿蘭陀冬至」(クリスマス)の祝宴風景を展示。洋食の伝来も出島から。

唐紙

唐紙

日本の伝統文様をモチーフにした木版刷りの美術紙「唐紙(からかみ)」を用いた壁や天井、シャンデリアが素敵。

もう一つの異文化。
唐人屋敷、新地中華街。

長崎港 ▲ 外国人居留地だった南山手の丘から望む長崎港。

長崎の異国情緒を醸し出しているもう一つの異文化が、和華蘭の「華」、中国です。
出島から歩いてすぐのところに、新地中華街があります。この新地は鎖国時代、唐船専用の倉庫を建てるため埋め立てられた土地。明治以降にチャイナタウンとして発展しました。
そのほど近くにある唐人屋敷跡も見逃せません。キリスト教信者ではない中国人は当初長崎の町中に住んでいましたが、密貿易が横行。やがて中国商船の来航が増え、奉行所が居住地区を管理するため唐人屋敷を建設しました。塀で囲み門番を置いて監視はしたものの、中島川に石橋を架け、唐寺を築くなど古くから交流が深かった中国人は、比較的出入りは自由だったそうです。
今は民家に囲まれた中に、数少ない唐人屋敷の遺構が点在。長崎の冬のまつり「ランタンフェスティバル」のときには、新地からこのエリア一帯が絢爛豪華なランタン(中国提灯)の灯りでにぎやかに彩られます。

幕末から明治は交易により近代化。

最後に向かったのは、外国人居留地だった南山手地区。幕末に自由貿易港として歩み始めた長崎には、イギリス、アメリカ、ロシア、フランスなどから多くの外国人が訪れました。居留地は街路や下水道など、当時の最先端のインフラが整う新しい町だったそうです。港を望む南山手の丘には、ゴシック様式の「大浦天主堂」や、貿易商トーマス・ブレーク・グラバーの居宅が建てられました。
現在、観光地として整備された「グラバー園」には、旧グラバー住宅、旧オルト住宅、旧リンガー住宅など貴重な洋館が保存されており、居留地時代の暮らしぶりを伝えてくれます。
長崎開港450周年、外国人との交流がつくりあげた和華蘭文化との出会いを楽しみに、ぜひコロナ終焉後、港町長崎へお出かけください。

唐人屋敷象徴門(大門)

唐人屋敷象徴門(大門)

唐人屋敷エリアの入り口に建つ、高さ8.7mの「唐人屋敷象徴門(大門)」。

観音堂

観音堂

737年に建立された「観音堂(かんのんどう)」。焼失し再建され、現在の建物は大正6年に改築されたもの。

お参り

合元寺の赤壁

「観音堂」にお参りしました。観世音菩薩と関帝が祀られています。

土神堂

土神堂

1691年、唐人たちの願いで建立された土地の神様を祀る「土神堂」。現在のお堂は昭和52年に復元されたもの。

新地中華街

新地中華街

中華料理店や中華菓子店が建ち並ぶ「新地中華街」。日本三大中華街のひとつです。

ケンペル・ツュンベリー記念碑

ケンペル・ツュンベリー記念碑

出島に残る「ケンペル・ツュンベリー記念碑」。シーボルトが、1826年に先人の商館医ケンペルとツュンベリーの偉業を讃えて建てたもの。三人は出島三学者と呼ばれている。

旧リンガー住宅

旧リンガー住宅

「旧リンガー住宅」は慶應3年頃の建築。イングランド出身のリンガーは明治元年にホーム・リンガー商会を設立し、長崎居留地の発展に尽力しました。

旧オルト住宅

旧オルト住宅

「旧オルト住宅」は慶応元年頃の建築。オルト商会は日本茶を世界に広めました。

旧自由亭

旧自由亭

グラバー園に移築された日本初の西洋料理店「旧自由亭」は喫茶室に。人気の「紫陽花ゼリーソーダ」でちょっと一息。

異文化もの知り学

鎖国時代の日本を
西洋に伝えたケンペル

ドイツ人のエンゲルベルト・ケンペルをご存じでしょうか?同じドイツ人のシーボルトが来日する130年以上も前の1690年(元禄3)に、オランダ商館医として出島にやってきた人物です。
赴任していた2年間、日本について研究。出島から出ることを禁じられていたケンペルは、通詞(通訳)の一人だった今村源右衛門にオランダ語を徹底的に教え込み、2回の江戸参府にも同行させました。ケンペルは心強い情報役を得たおかげで、博物誌から日本の風俗文化まで詳しく調べることができたのです。
著書『日本誌』は彼の死後にイギリスで出版されると、すぐにオランダ語版やフランス語版も発刊され、ヨーロッパでベストセラーに。シーボルトやペリーにも影響を与えた日本研究の定番書です。

長崎お出かけMAP

長崎お出かけマップ

【1】大浦天主堂
 〈国宝/世界遺産〉

大浦天主堂

1864年末竣工、現存する日本最古のカトリック教会。潜伏キリシタンの歴史が学べるキリシタン博物館を併設。
8:00~18:00 ※季節変動あり
(最終受付30分前)
大人1,000円、中高生400円、小学生300円
TEL:095-823-2628

【2】グラバー園
 〈旧グラバー住宅/世界遺産〉

グラバー園

1863年建設の旧グラバー住宅をはじめ、明治時代の洋館を保存。旧グラバー住宅は12月下旬まで保存修理中。
8:00~18:00 ※季節変動あり
(最終受付20分前)
大人620円、高校生310円、小中学生180円
TEL:095-822-8223

【3】出島
 〈国指定史跡〉

出島

鎖国時代、ヨーロッパに開かれた唯一の窓口。復元整備で19世紀当初の街並みがよみがえっている。
8:00~18:00
(最終受付20分前)
大人520円、高校生200円、小中学生100円
TEL:095-821-7200

【4】長崎孔子廟

長崎孔子廟

孔子像を祀る大成殿。中国歴代博物館には貴重な文化財が満載。
9:30~18:00
(最終受付30分前)
大人660円、高校生440円、小中学生330円
TEL:095-824-4022

【5】崇福寺〈国宝〉

崇福寺

1629年建立の赤い龍宮門が目を引く唐寺。第一峰門と大雄宝殿は国宝に指定。
8:00~17:00
大人300円、小中高生無料
TEL:095-823-2645

【6】眼鏡橋

眼鏡橋

現存する日本最古のアーチ型石橋。1634年、興福寺の唐僧によって築造されたと伝えられる。
8:00~17:00
大人300円、小中高生無料
TEL:095-823-2645

まち歩きガイド「長崎さるく」

地元ガイドと長崎のまち歩きが楽しめます。現在ガイド付きまち歩きは5コース(要予約)。

(1)長崎居留地プレミアムさるく
国宝大浦天主堂とグラバー園をめぐる
(2)龍馬が見上げた長崎の空
風頭から亀山社中跡へ
(3)アンゼラスの鐘の丘を訪ねて
爆心地・平和公園から浦上天主堂
(4)長崎のチャイナタウン
唐人屋敷から新地中華街へ
(5)出島タイムスリップ
扇形の宝の島

各コース大人1,000円、小学生500円 ※各施設入場料別途

編集後記

今号もお読みいただきありがとうございます。長崎を訪れるたび、山の斜面に広がる住宅地を見ては「あぁ長崎に来たな」と実感します。取材の日も足腰の弱さを噛み締めながらたくさん歩きましたが、坂道ひとつにも異国情緒が漂っていて美しかったです。訪問される際は是非、ガイド付きまち歩きツアーを利用してみてください。理解が深まって、楽しさ倍増ですよ♪